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大阪高等裁判所 昭和30年(ネ)290号 判決

控訴人 南海興業株式会社

被控訴人 ヰゲタ金属株式会社

主文

原判決を取消す。

被控訴人は控訴人に対し、九十一万二千五十四円と之に対する昭和二十八年五月二十八日以降右金員支払済迄年六分の割合の金員とを支払わねばならない。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。

本判決第一、二項は控訴人が三十万円の担保を供するときは仮りに執行することができる。

事実

控訴人訴訟代理人は「主文第一項ないし第三項と同趣旨」の判決と仮執行の宣言とを求め、被控訴人訴訟代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、当審に於て控訴人訴訟代理人が「(一)商法第二十三条の適用に当つては、商号使用を許諾したものとその使用を許諾したものとその使用を許諾されたものとの間に雇傭関係のあることを要しないのは勿論、右商号使用者の相手方が商号使用者を営業主なりと誤認したことにつき無過失なることを要しない。従つて控訴人は本件取引の事前に被控訴人の尾道支店或は出張所の有無につき登記簿の閲覧ないし被控訴人の本社に問合せ等はしていないが、若しこの点に控告人に過失があるとするも、被控訴人は商法第二十三条による責を免れえないものである。(二)屑鉄を取扱う業者は同時に鉄鋼一般を取扱うのが業界の常識であり、被控訴人は屑鉄のみならず鉄鋼一般の売買を業としているものである。」と述べた他、原判決の事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

〈証拠省略〉

理由

成立に争のない甲第九号証、原審及び当審(第一、二回)での証人竹多達郎の証言によると、控訴人は鉄鋼その他の売買を業とする会社であり、被控訴人は屑鉄及び鉄鋼材等の売買を業とする会社であることが認められる。原審及び当審での証人宗近清介の証言、並に被控訴人代表者本人尋問の結果中被控訴人は屑鉄のみの売買業者である旨の証言及び供述は前記各証拠に照し信用することができない。

控訴人は被控訴人に対し、被控訴人の尾道支店又は出張所よりの注文により昭和二十七年五月二十二日以降七月一日迄の間原判決末尾添付の目録記載のように鋼材を代金合計百一万七千七十六円で売渡したと主張するが、かかる事実はこれを認めうる証拠はなく、これを原因とする控訴人の本訴請求は認容することができない。右売買は次に認定するように花本勝次が被控訴人の尾道支店又は同出張所の名義を以つて控訴人との間になしたものである。当審での証人竹多達郎(第一回)の証言により成立を認めうる甲第五、六号証、原審での証人花本勝次の証言によつて花本勝次が被控訴人尾道支店又は同出張所名義で作成したものと認められる甲第一、三、四号証の存在、並に原審及び当審(第一、二回)での証人竹多達郎、原審での証人花本勝次の各証言、原審及び当審での証人宗近清介の証言の各一部等を総合すると、花本勝次は昭和二十六年末頃従来尾道市で営んでいた会社を税金等の関係で一時休業とし、これとは別に他人の名義を借りて営業をしようとして、その斡旋方を知人宗近清介に依頼したところ、宗近清介は被控訴人の代表取締役村上平太郎と遠縁に当る関係から、昭和二十七年一月頃花本勝次を伴い被控訴人本社に赴いて代表取締役村上平太郎に面接して花本勝次に被控訴人会社名義の借用方を申入れた結果、当時被控訴人は屑鉄を買集めこれを住友金属工業株式会社に納入していて、これら屑鉄集荷の方法として形式上は紹介者の宗近清介に対して許すことにするが、実際には花本勝次が営業することを了承し、右花本勝次は宗近清介の監督の下に、取引については一々被控訴人に通知して承諾をえた上ですること、営業上の損益及び税金面は総て花本勝次の計算に於てすること、集荷した屑鉄は総て被控訴人を通じて取引することの条件の下に、実質上花本勝次が尾道市に於て被控訴人の尾道出張所の名称を用いて営業することを許諾した。そこで花本勝次は早速尾道市に於て被控訴人尾道支店の名称を用いて営業を始めたが当時すでに尾道市に於て被控訴人尾道支店名義で営業している者があつたので、これとの混同を避けるため、間もなく名称を被控訴人尾道出張所に変更して営業を続けた。そしてその間被控訴人尾道支店次いで同尾道出張所の名義を以つて控訴人に対し鋼材の買受注文をなし、一方控訴人に於ては被控訴人は業界に於ては名の通つた会社であるところから、被控訴人と花本勝次との前記関係を知らず右注文は被控訴人の尾道支店又は同出張所よりのものと誤認し、右注文に応じて原判決末尾添付の目録記載のように鋼材を毎月末払の定めで代金合計百一万七千七十六円で売渡したが、右代金の中十万五千二十二円を花本勝次より支払を受けたが、残代金九十一万二千五十四円の支払を受けていないことが認められる。以上認定に反する原審及び当審での証人宗近清介の証言の一部、同被控訴人代表者本人尋問の結果は信用することができないし、成立に争のない甲第七号証、同乙第一、二号証を以つても右認定を左右するに足らず、他に以上の認定を覆すに足る証拠はない。

およそ商法第二十三条は営業の外観を信頼して取引した善意者が不測の損害を被ることのないよう保護し取引の安全を期するため、自己の営業であるが如き外観を生ぜしめることを許諾したものにもその取引上の責任を負わすことを規定したものであるから、この立法趣旨に鑑みて同条により商号の使用を許諾したものに負わしめる責任の範囲限度については自ら制限があるものと解さねばならない。従つて自己の営業の一部或は一部門を表す商号の使用を許諾したものは被許諾者が右商号を使用してなした取引の中右営業の部分或は部門に属する範囲内の取引行為に限り同条による責を負うべきであると共に、被許諾者がほしいままに右使用を許された商号が表する営業の部分或は部門より広い営業の範囲或は部門を表す商号を使用した場合に於ても、その使用した商号は結局許諾者の営業であることを示す商号に外ならないのであるから、許諾者はその許諾した商号の表す営業の範囲部門に属する行為に限り同条による責を負うべきものと解するのが相当である。一般に支店と出張所とではその本店より許された営業の種類

範囲代理権限の有無広狭等に差異があり、支店の名称を用いた営業所は単なる出張所の名称を用いた営業所よりすべての点に亘つて広範な権限を有するのが取引界の常識であるから、他人に自己の出張所名義を使用して営業することを許諾したものはその他人が出張所名義を用い許諾者の出張所として通常有するものと考えられる範囲程度の取引をした場合には許諾者はその相手方に対して右取引に基く責を負うべきことは当然であるが、出張所名義の使用を許諾された他人がそれより広範な権限を有する支店名義を用いてなした取引については、その取引行為が当該許諾者の出張所としても有すると考えられる範囲程度のものである限り右許諾者はその取引に基く責を負うべきものと言うべきである。そこでこれを本件についてみると、

前認定のように被控訴人は業界に於ては相当名の通つた鉄鋼類の売買業者であることから判断すると、花本勝次が控訴人との間になした前認定の原判決末尾添付の目録記載の売買は被控訴人の出張所がその出張所として有するであろうと考えられる権限の範囲内の取引と認めるに十分であるから、前示説明に従つて花本勝次が被控訴人の尾道出張所又は同支店の商号を用いて控訴人とした本件売買に基いて生じた代金債務の支払については被控訴人の尾道出張所名義の使用を許諾した被控訴人に於て花本勝次と連帯して責を負わねばならないことは明かである。そして商法第二十三条の趣旨が前示のようである以上被控訴人と花本勝次との間に同人が被控訴人の出張所名義を使用するについて条件が付せられていたことは単に被控訴人と花本勝次との内部関係を拘束するに過ぎないもので、たとえ右花本勝次が右条件を守らなかつたとしても、これがため善意の第三者である控訴人との取引の効力が左右されるものではない。

果してそうだとすると、被控訴人は控訴人に対して花本勝次の控訴人に対する前示残代金九十一万二千五十四円とその支払期の後である昭和二十八年五月二十八日以降支払済迄商法所定の年六分の割合で遅延損害金とを支払う義務があり、その支払を求める控訴人の本訴請求は正当であるから認容すべきであつて、これを棄却した原判決は取消すべきである。よつて原判決を取消し、控訴人の本訴請求を認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十六条、第八十九条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を各適用して主文の通り判決する。

(裁判官 大野美稲 石井末一 喜多勝)

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